049c


茶の湯の歴史、茶道の始まり

 

 文字や政治制度、稲作、宗教など日本文化の大部分は中国から伝わってきました。日本は中国から伝わってきた文化を独自に進化させ、自国の文化にしていきました。

 

茶道もその1つだと言えます。なぜなら、茶の湯に使われる抹茶は中国から伝わってきたものです。栄西が鎌倉時代、日本に抹茶を伝えた(1141~1215)とされている。

 

 栄西とは教科書にも出てくる有名な人物で、中国で仏教の修行を積み、その後、禅宗を日本に伝えたと言われています。この時、中国からお茶を持ち帰り、日本に伝えました。

 

お茶が広まった理由として、鎌倉幕府三代将軍源実朝が二日酔いで苦しんだ時に、抹茶を献上して、二日酔いの症状をとり除きました。当時、お茶は薬として用いられ、抹茶の効用や飲み方を「喫茶養生記」に記述して、抹茶が世間で知られるようになりました。

 

また、寺でも茶は広まっていきました。その理由として、栄西は弟子の栂尾高山寺の明恵上人に茶の木の種を贈りました。明恵上人は、その種を植えて、茶を作る事に成功したのです。この茶はやがて、修行中の僧の眠気を取り除く助けになるとして、僧侶の間に抹茶が普及するきっかけとなりました。

 

考察

栄西が中国から輸入した茶は自身が広めた禅と共に、世間一般に広まった。宗教的な教えや作法と抹茶を飲む文化が融合する事によって、抹茶を飲む文化も茶道として、日本文化の総合芸術として大成していく事になるのである。


↓まずは茶道具から