書院造りとお茶 茶道の歴史

 

書院造の元は平安時代の寝殿造に原型がある。寝殿造の大きな部屋に区切りを設けることで、小部屋を作っていき、また、区切りの扉を外せば大部屋としても活用できる。室町時代になると、このような書院造の建物が作られました。

 

この書院造りは武家の住宅として日本社会に定着していきました。最近ではあまり見かけなくなりましたが、畳に床の間がある、昔よく見かけた日本的な和風建築の事です。

 

室町時代になり、書院造という建築様式に対応して茶文化も発展していきました。書院造の床の間には絵画の軸が掛けられ、その前に香炉、(しょく)(だい)、花瓶などが置かれました。

 

厳選された中国渡来の唐絵や唐物を書院造の部屋に飾り、これらの芸術作品をお茶を飲みながら鑑賞しました。このように、書院茶は唐絵、唐物などの中国文化の鑑賞が目的であったと言えます。

 

しかし、中国文化の真似をしている訳ではなく、中国風に芸術作品を所狭しと飾るのではなく、厳選して絵画や芸術品を飾り、日本風のアレンジを加えました。そして、徐々に中国の影響から離れ、日本独自の茶文化を生み出したのです。

 

この時代のお茶は、能阿弥を代表とする、唐絵、唐物の華やかなお茶と、その反面、精神的で日本的な珠光を代表とする、質素倹約なお茶が生まれた。

 

語句

寝殿造→藤原時代の貴族の住宅

 

書院造→室町時代に成立した住宅建築の様式、現在の和風住宅の基本的な形

 

唐絵→中国絵画のこと

 

能阿弥→1397~1471年、足利義教(あしかがよしのり)、義政に使えた同朋衆(どうぼうしゅう)。水画、連歌にも優れ、書院茶を発展させる。

 

同朋衆→将軍や大名の側近で、雑務や芸能に従事した人々

 

村田珠光→1423~1502年、茶の湯の開祖、一休から禅の精神を学び、茶会を茶の湯にまで高めた。珠光から紹鷗じょうおう、利休と続く。


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